(以下、引用)
4人家族だった会社員米津勝之(かつし)さん(48)一家は14年前、兵庫県芦屋市で被災した。木造アパートが全壊し、倒れてきたたんすの下敷きになって長男の漢之(くにゆき)君(当時7)と、幼稚園児だった長女の深理(みり)ちゃん(同5)が亡くなった。
芦屋市内だけで444人が犠牲になった。大混乱のなか葬式をすぐに挙げてくれる葬儀会社は見つからず、勝之さんはパジャマ姿のままの子どもたちの遺体を芦屋市内の実家の布団に寝かせ、ドライアイスで冷やし続けた。「何か着せるものを」と勝之さんや祖父母が倒壊したアパートに行き、かろうじて開いていた30センチほどの窓のすき間から腕を差し入れ、深理ちゃんの2着のコートと漢之君のランドセルを探り当てた。
ランドセルは無傷だった。中には、1月17日の時間割り通りに算数、国語、音楽、生活の教科書とドリル、あのね帳、筆箱が入っていた。
震災後に入居したマンションで、両親はランドセルを布で磨きあげ、棚の奥の物入れにしまった。倒壊したアパートが解体される直前、がれきの中から見つけた服やおもちゃも一緒に入れた。
震災から2年後、次女英(はんな)さん(11)が生まれた。02年には次男の凜(りん)君(6)が生まれた。英さんは姉の靴を履き、服を着て育った。凜君は兄の好きだったウルトラマンのおもちゃで遊び、字がかけるようになると、兄のノートを取り出して「ぼくとどっちが上手?」と勝之さんに尋ねた。
最後の瞬間まで子どもたちの身近にあった遺品。「震災後に生まれた2人が使うことで、止まってしまった時間がその間は動いているような気がする」と勝之さんと妻の好子さん(46)は言う。
凜君が小学校に入学する前の一昨年12月、勝之さんは「漢之のランドセルがあるけど使うか。それとも新しいのを買おうか」と尋ねた。凜君は「漢之のを使う」と言った。
昨年春、勝之さんの転勤で一家は福井市に引っ越した。4月に入学した凜君は、「米津漢之」の名前が書かれたランドセルを背負って小学校に通っている。A4判の教材が入る最近主流の大型のものと比べると、漢之君のは一回り小さい。時間がたって革製のふたの縁や裏は傷み、少しささくれだっている。「なんでお前のはぼろいの」と友だちに聞かれた凜君は、「ぼろくてもいいねん」とこたえた。
(引用元:朝日新聞)
阪神大震災でお子さんを失われたご両親にとって、遺品を受け継いでくれる姿はどんなに頼もしく映ったことでしょう。
亡くなってしまったお子さんにもう会うことは出来ないけれど、こんなに素敵な宝物を残してくれた・・・。
きっと、天国から見守ってくれているでしょう。ご家族が幸せに過ごせるようにと。
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